noteやブログやXを始めようとすると、最初に考えることがたくさんあります。
何を書くか。
どんな構成にするか。
タイトルはどうするか。
画像は必要か。
ちゃんと読まれる内容になっているか。
YouTubeなら、さらに増えます。
撮影する。
編集する。
字幕を入れる。
サムネイルを作る。
構成を考える。
どれも大事です。
でも、全部を最初からちゃんとやろうとすると、発信は一気に重くなります。
発信が続かないのは、やる気だけの問題ではない
発信が続かない時、自分のやる気が足りないと思いがちです。
でも、実際にはやる気の問題ではなく、形が重すぎるだけのことがあります。
たとえば、何かを投稿しようとするたびに、
- ネタを探す
- 構成を作る
- 下書きを書く
- 画像を用意する
- 読みやすく直す
- 反応を気にする
まで必要になると、始める前から疲れます。
発信したい気持ちはある。
でも、毎回そこまでやるのは重い。
その場合は、気合いを入れるより先に、発信の形を軽くした方がいいかもしれません。
「ちゃんとやる」前提が重くしている
発信を始める時ほど、「ちゃんとやらなきゃ」と思いやすいです。
ちゃんと撮る。
ちゃんと編集する。
ちゃんと構成する。
ちゃんと役に立つ内容にする。
もちろん、ちゃんと作ることは悪いことではありません。
ただ、最初から全部をちゃんとやろうとすると、続ける前に止まります。
作ること自体はできても、毎回は続かない。
この状態は、かなりよくあります。
だから、まず見るのは完成度ではなく、続くかどうかです。
「この形なら、来週も出せるか」
ここを先に見ます。
発信のために動かず、動いたことを発信する
発信を軽くする方法のひとつは、発信のために新しく動かないことです。
何か特別なネタを探す。
発信用にわざわざ撮影する。
投稿のためだけに大きな準備をする。
これを毎回やると、発信は別の仕事になります。
そうではなく、先に生活や仕事があります。
仕事で気づいたこと。
家で直したこと。
困っていたこと。
試してみたこと。
失敗したこと。
少し楽になったこと。
それを短く残す。
発信のために動くのではなく、動いたことを発信する。
この形にすると、ネタ探しの負担が少し減ります。
完成度より、次も出せる形を見る
最初から完成度を上げようとすると、やることが増えます。
もっと分かりやすく。
もっときれいに。
もっと詳しく。
もっと役に立つように。
もちろん、それは大事です。
でも、毎回それをやると、出す前に疲れます。
発信を続けたい時は、まず次も出せる形を残します。
たとえば、
- 1記事で1テーマだけにする
- 写真がなくても出せる形にする
- 体験、気づき、次に試すことだけを書く
- 完璧な解説にしない
- 反応を見る前に、次の素材を1つ残す
このくらいで十分なこともあります。
大事なのは、1本だけ立派に作ることではなく、次の1本へ戻れることです。
続けるために削るものを決める
発信が重い時は、何を足すかより、何を削るかを見ます。
たとえば、次のように分けます。
発信を続けるための小さな確認 今やろうとしている発信: 重くしている作業: 削っても困らないこと: 生活や仕事の中で自然に出た素材: 今日出せる最小形: 次に続けるために残すこと:
たとえば、ブログ記事を書こうとして止まっているなら、こう書けます。
発信を続けるための小さな確認 今やろうとしている発信: 仕事で気づいた小さな改善をブログにする 重くしている作業: きれいな構成を作ろうとしている 画像も用意しようとしている 削っても困らないこと: 今回は画像なしでよい 見出しも3つだけでよい 生活や仕事の中で自然に出た素材: 今日、作業前にメモを1行残したら再開しやすかった 今日出せる最小形: 体験、気づき、次に試すことだけを書く 次に続けるために残すこと: 次の記事候補を1行だけメモしておく
これくらいなら、発信のための作業を増やしすぎずに済みます。
まとめ
発信が続かない時は、やる気だけを責めなくていいと思います。
形が重すぎるだけかもしれません。
ちゃんと撮る。
ちゃんと編集する。
ちゃんと構成する。
ちゃんと役に立つようにする。
これを全部やろうとすると、始める前に止まります。
そんな時は、まず続く形へ変える。
発信のために動くのではなく、動いたことを発信する。
ネタを探すのではなく、生活や仕事の中で出た気づきを残す。
完成度を上げる前に、次も出せる軽さを作る。
発信は、根性だけで続けるものではありません。
続けられる形にしておく。
それだけでも、次の1本へ戻りやすくなります。

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